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大阪高等裁判所 昭和26年(う)209号 判決

控訴人 和歌山地方検察庁検事 谷津政二

被告人 呂順徳

検察官 折田信長関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

本件控訴理由は末尾添付の控訴趣意書の通りである。

第一点について。

検事は、原判決は被告人の本件登録不申請罪をいわゆる即時犯と解し、時効完成後の起訴に係るものとして免訴の言渡をしたけれども本件はいわゆる継続犯であつて、未だ時効完成しないこと明らかであるから、原判決は法令の解釈を誤まり延いて事実を誤認した違法があると主張する。

当裁判所は本件登録不申請罪は検事主張の如く継続犯であると解するものであるが、説明の便宜上、原判決がいわゆる即時犯説の論拠としているところを掲げて、これに対する当裁判所の見解を明かにして行くこととする。

(一)  原判決は改正令(昭和二十四年政令第三百八十一号を指す、以下同じ)附則第七項の規定の意味するところは、単に旧令(昭和二十二年勅令第二百七号を指す、以下同じ)施行当時本邦に在留する外国人にして、その施行後三十日以内(昭和二十二年五月三十一日まで)に第四条の規定に準じて所定の登録申請をしなかつた者についてその限りにおいて、なお旧令を適用して処罰すると言うに止まり、この附則規定を以て進んで不申請の状態が改正令施行後に亘る者に対し、これを改正令施行後の違反であるとしてこれをも対象としたものとは到底解せられないとしている。しかし経過法に関する一般の立法形式からいえば原判決の説くところは全く逆である。即ち原判決の説く如く改正令施行前に既に完了している犯罪所為だけを対象として経過法を設ける場合ならば「この政令施行前に何々の罪を犯した者の処罰については、この政令施行後においてもなお従前の例によるものとし」との趣旨に規定せられるのが一般の立法形式である。然るに本件改正令附則第七項の如くに特に改正令の施行の前後を区別しないで規定を設けている所以は、改正令施行後も旧令附則第二項第三項の不申請罪が継続して存在することを前提としているものと解するのが相当である。これと同様の経過法の立法形式の例を他に求めると、昭和二十五年法律第七十二号(法人税法の改正)の附則第二十項にこれを発見することができる。即ち同項は「法人の昭和二十五年四月一日前に終了した事業年度分の法人税に係る違反行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」と規定しており、右改正法律は昭和二十五年四月一日から施行せられるのであるから、同日前に終了した事業年度分の法人税の各種の申告などを右改正法施行後においてする場合を予想して設けられた規定と解すべきである。従つて改正法施行後の所為に対して旧法を適用している立法形式であつて、本件改正令附則第七項の立法形式はこれと同様であるから、これは寧ろいわゆる継続犯説の根拠となる規定に外ならないのである。

(二)  次ぎに、原判決の説くところによると、若し継続犯説に従えば、旧令施行当時本邦に在留した外国人と旧令施行後本邦に入国した外国人が、共に登録申請義務に違反し改正令施行後に及んだ場合に、前者については旧令第十二条第二号が、後者については改正令第十三条第一号が適用せられ法定刑の権衡を失し不合理であるというのであるが、この点も別に不合理はないのである。即ち、外国人が本邦に入つたときは六十日以内に所要の事項の登録を申請しなければならない旨を規定している旧令第四条第一項の規定自体は改正令においても何等変更を加えられていないのであつて、右第四条違反の罪自体は改正の前後で何等の変更もない。ただこれに対する刑罰が第十二条以下の規定の改正で加重せられただけである。その加重せられた理由は、思うに、外国人登録令施行以後において本邦に入つてくる外国人の数は不特定多数であつて、将来においても増加する一方であるから、これ等の不特定多数の入国者の登録申請義務を将来一層完全に履行せしめるために罰則を強化したものと解せられる。しかるに旧令施行当時本邦に在留していた外国人は客観的には特定しているのであつて、しかもその中で改正令施行後においても、なお登録申請の義務を尽さないような者は全体から見れば寧ろ比較的少数であると認められるので、これ等の者に対する罰則は旧令の限度に止めたにすぎないものと解する。しかして旧令施行後本邦に入国した外国人で登録申請義務に違反し改正令施行の後に及んだ者は改正令施行の後においても義務違反の不作為があるからこそ、改正令第十三条の新罰則が適用せられるのであつて当然のことである。従つてこれも亦、原判決の説くところとは全く逆に、いわゆる継続犯説の有力な論拠になるのである。

(三)  更らに原判決は登録不申請罪が時効にかかつた後においては登録証明書不携帯罪によつて処断することができると説明する。しかし、外国人登録令第十三条第五号は同令第十条第一項所定の登録証明書携帯及び呈示義務の違反に対する制裁を規定しているのであるが、これを同条(第十条)第二項と対比し、さらに同令第四条において登録申請義務を規定しこれが義務違反を右不携帯等の場合と同列に同令第十三条において罰則を設けている趣旨を考え合せてみると同令第十三条第五号の罪が成立するのは登録証明書の交付を受けておりながらこれを携帯せずまたは呈示を拒否した場合に限るのであつて、本来これが交付を受けていない場合は、右第五号の犯罪として処罰する趣旨ではないものと解すのが相当である。(昭和二十六年三月七日当裁判所第一刑事部判決)従つて原判決の説く如く、登録をしない者が公訴時効の完成により罪を免ぜられても、証明書不携帯罪で処罰できるというような解釈は成り立たないのである。以上三点に亘つて原判決が即時犯説の論拠として説明しているところは全て失当であつて、それは即ち全て逆に継続犯説の論拠となるものに外ならないのである。また外国人登録令規定の趣旨から考えても日本に在留する占領軍部隊に属さない外国人は全て登録申請の義務を負担し、その義務は当該外国人が登録申請を終了するかわが国を退去するまで存続するものと解するのが最も合理的である。以上の理由によつて本件登録不申請罪は外国人が所定の時期に登録申請をしないことによつて既遂となり、その申請義務の消滅するまで犯罪が継続して成立するものであつて、いわゆる継続犯であると解するのが相当である。しかるに原審が本件登録申請罪が即時犯的性質を帯びるものと解したのは失当である、といわざるを得ない。

しかしながら本件起訴状をみるに検事は被告人が旧令施行の日から三十日以内に所定の登録申請をしなかつた事実を訴因としているにすぎない。而して裁判において当該事件が時効にかかつているか否かは起訴状に訴因として記載せられている事実を対象として判断するのであつて、裁判所が審理した基礎事実についてするものではない。若し検事所論のように本件被告人が原判決当時即ち改正令施行後もなお本件登録申請義務を履行していなかつたのであり、しかもその後の不作為を裁判の対象とする意思があれば、検事は訴因の手続によりその旨を主張し時効完成の判断を免れる措置を採るべきであつて、これは原告官として当然しなければならないことである。しかるに被告人の登録証明書不携帯の事実についてのみ予備的訴因の追加をしたに止まり、継続犯の見解に基いた事実の主張は原審の訴訟手続の上に少しもなされていないのである。右の事情から検事もまた原審と所見を同じくして即時犯説に従つていたものと言わねばならない。しかも右の立場のいずれをとるにしても本件起訴状に訴因として記載せられている事実そのものについては原判決説示の通り時効が完成していること疑がない。従つて本件について免訴の言渡をした原判決は結局において正当である。

第二点について。

検事は本件登録不申請罪と登録証明書不携帯罪はその公訴事実について同一性があるから予備的訴因として追加した後者の罪について有罪の判決をしなかつた原判決は違法であると主張する。

しかし外国人登録令第四条違反の罪は被告人が所定の時期に登録申請の義務を履行しなかつたという不作為の事実を犯罪の内容とするのに対して、同令第十条違反の罪は被告人が同令第四条の義務を履行し市町村長より交付せられた登録証明書を常時携帯すべき義務違反を犯罪の内容とするものである。従つてその両者の基本的事実は全く別であるのみならず、検事は本件被告人が登録証明書の交付を受けた事実を少しも主張していないのであるから右予備的訴因自体は罪とならない事実を訴因として掲げているにすぎない。(前記(三)参照)論旨は全く理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は被告人は朝鮮人であるが昭和二十二年五月二日外国人登録令施行の当時より現在に至る迄引続き本邦に在住するものであるところ外国人登録令施行の日から三十日以内に居住地の市町村の長に対し外国人登録の申請をしなければならないのにも拘らず右期間内に居住地である神戸市神戸区の長に対し之が登録の申請をしなかつたものであると謂ふ主たる訴因につき事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄せらるべきである。

原判決は被告人に対し同人が外国人登録令施行(昭和二十二年五月二日)当時から現に本邦に在住しながら右同日から三十日以内に外国人として所定の登録の申請をしなかつたことを認め本件不申請罪は外国人登録令(昭和二十四年政令第三百八十一号)附則第七項、同令(昭和二十二年勅令第二百七号)附則第二項第三項第四条第十二条第二号に該当し、六月以下の懲役若しくは禁錮又は罰金等にあたる罪だからその公訴時効は三年であるので登録申請期間(昭和二十二年五月二日から三十日間)の徒過と同時に即ち同年五月三十一日の翌日から公訴時効進行を始め、三年を経過した昭和二十五年五月三十一日を以てそれが完成したものと云はなければならない、然るに本件公訴は右時効完成後である昭和二十五年十月二十四日提起せられたものであることが本件起訴状によつて明白であるとの理由で免訴の言渡を為したが右の所謂登録不申請罪は申請期間の経過に因て犯罪は完成し引続き犯罪状態が継続している事実を誤認したものである。

外国人登録令に於て本邦に在住する外国人に対して登録申請義務を課しているのは、所定期間中に申請すれば犯罪を構成しないと云ふに止まり期間経過後に於ても登録申請義務は依然存続して居り申請が行はれる迄は義務違反の状態を継続しているものであり、該法令の目的もその点に在ることは明らかである。従つて右違反の時効は違反者が申請を行つた時から進行するものと謂はねばならぬ。

原判決所論の如く仮りに申請期間満了に因り犯罪は完成し同時に時効が進行するものと解するに於ては、昭和二十五年五月三十一日を以て時効完成し、同日以後に於ては未登録者に対する処罰規定が無くなり、数万を数うると予想せらるゝ此の種潜在未登録者に刑罰を以てする登録申請の強制、退去を強制する処分が不能となり、外国人登録令の目途の大半が没却せらるゝに至るべく、偶々右五月三十一日以前に於て登録の申請をした遵法者のみを罰し、悪質なる潜在未登録者を放任する極めて不合理な結果を招来するに至る。斯る不合理をなからしめんが為、昭和二十四年政令第三百八十一号附則第七項を設け之に処する所以であつて、単に同項は昭和二十五年一月十六日施行から同年五月三十一日迄の短期期間内に於てのみ適用し同日以後は死文に帰する為に設けられたものと解することが出来ない。

次に原判決はその理由中に旧令(昭和二十四年政令第三百八十一号施行前の外国人登録令を仮称する)施行当時本邦に在留する外国人と旧令施行後本邦に入つた外国人とが夫々登録申請義務を怠り、其の状態が改正令施行後に及ぶものについては前者に対し改正令附則第七項により旧令第十二条第二号に基き六月以下の懲役若しくは千円以下の罰金を課するに反し、後者に対しては改正令第十三条第一号が適用せられ一年以下の懲役若しくは禁錮等を以て臨み著しく刑の権衡を失すると謂ふに在るが、右不権衡は刑罰規定を改正し、旧法に於ける違反行為の態様に依り刑を変更した結果に因るものであつて斯る不権衡あるの故を以て前記附則第七項の解釈を採用し得べきではない。

然らば本件被告人は朝鮮人であつて昭和二十二年五月二日外国人登録令施行当時から現在に至る迄の間引続き本邦に在住しているものであるのに拘らず所定期間内に登録の申請をしなかつたものであることは、原判決に於て引用する神戸市葺合区長の外国人登録に関する照会の件回答と題する書面、神戸地方検察庁渉外係から和歌山地方検察庁渉外係に宛てた電信文、出入国管理庁第二部第二課の証明書及び被告人に対する公判調書中「昭和二十一年四月二十七日に佐世保に上陸し斎藤の郷里である九州別府に行つて世話になつていましたがその人も職がなく家が貧しかつたので、自分は働きに行くと言つて昭和二十二年初頃神戸へ来て神戸葺合区雲井通の朝鮮人の経営している新生食堂で女中働きをして約一年位居りましたが、その中朝鮮人の川崎正男と内縁の夫婦となり神戸市葺合区旭通四丁目で世帯を持つて居ました」旨の供述記載(記録第一七丁)等を綜合して明白である。従つて被告人は本件公訴当時も尚登録申請義務を有するものであつて未だ時効の進行は始まらず之が昭和二十四年政令第三百八十一号附則第七項の処罰を免れるものではない。

第二点予備的訴因についても事実の誤認があると思料する。

原判決は予備的訴因について

一、主たる訴因を認定し只時効の完成に因り之を免訴したものである

二、主なる訴因と予備的訴因との間に公訴事実の同一性がない

との二つの理由を挙げているが主たる訴因と予備的訴因との間に於て公訴事実の同一性があるとは認められないとの点に言及するに、本件被告人は和歌山刑務所在監中より外国人登録証明書を携帯しなかつたことは明らかにしてその故を以て之が所謂不申請罪に該当するものとして同所長より通報あつたものであることは同所長三田庸子よりの電話通報(記録第二四丁)の記載に依り之を認むることができる。

そもそも外国人登録令の所期する所は登録の申請をしその証明書の交付を受けて常に之を携帯することに在り。従つて之が申請を為し証明書を携帯することが外国人登録令の下に於ける一連の事実行為にして基本的事実が同一と謂はねばならぬ。之を捉えその一連中の申請の点につき主たる訴因として公訴を為し之が認定し得ざる時即ち被告人主張の如く申請を為したと云ふ場合に処して一連中の不携帯の事実を挙げて予備的に訴因の追加を求めたものであつて此の間に同一性なしと断ずるは当らず。

以上の理由によつて原判決は事実の誤認があり之が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決を破棄し相当な御裁断を求む。

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